我1,200kmをかく走行せり(内海太祐 2003.8 記)
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10. FOUGERES - VILLAINES LA JUHEL (迷子II - 冷気) | |
さて,FOUGERESを出るとしばらくは街灯があり道は明るい.しかししばらくすると真っ暗になってしまう.ライトが暗くなってしまったのに気付いたが,真っ暗な中交換するのはイヤなので先行しているオジサンを一人つかまえてその人の明るいライトを頼りに進む. しばらくすると再び街灯のあるところに出たのでそこで電池を替えることにする.フランス人のオジサンはそのまま行ってしまう. さて,電池を替えていると,少し後に先ほどのオジサンが戻ってきて「どうしたんだ」と言ったので「いえ,特に問題ないです.電池を替えていただけです.」と答える.「戻ってきてくれたんですか?」と聞くと頷いた.うーん,なんていい人なんだろう. 電池を替え終わった後オジサンと一緒に走るが,しばらくしてから交差点で矢印が無くなってしまう.道に間違えたらしい.結構飛ばしていたので見逃したのだろうか.いまだにどこで間違えたのかよくわからない.しばらく道を戻ったりしてみたが,やはり矢印は見つからない. しばらくすると教会のような建物が現われる.ブルターニュの先端とは少し様子が変わってきているなと思ったが,鑑賞するほど明るくも無ければ余裕もない.やがて同行のフランス人のオジサンが車に乗った人を見つけなにやら話している.話終わると何やら言って走り出したのでそれに着いていくが,道に復帰した様子はない.さらにしばらくしてから今度は電気のついている家を発見した.フランス人のオジサンはその家の玄関に行きチャイムをならしたように遠目には見えた.やがてその家の人が出てきてオジサンと何やら話している.ふと時計を見ると2時半を過ぎている. 話終わると「行こう」とひとこと言ってから再スタート.まったくどこを走っているのかわからないので,もうこのオジサンを逃してはならない.オジサンはかなりのスピードで飛ばしているが,私は既に空腹を感じてきていた.よく考えればFOUGERESで食べたぶんはその前の区間の補給だったが,その後の区間を走る補充としては十分ではなかったかも知れない.BRESTを出たときと同じ状況になってしまった. さらに輪をかけて気温が下がってきた.レッグウォーマ,アームウォーマ,ウィンドブレーカで十分だと思っていたが,寒さはしのげなくなってきた.エネルギーが切れてきているのも影響しているのだろう.しかし今はそんなことは言っていられない.今は必死でオジサンについていくだけだ. どれくらい走ったのかよく覚えていない.だが突然明るい道についたかと思うとその交差点には矢印が! 「道に戻ったぞ!」オジサンは言って私に手を差しのべた.私も彼の手を握って「ありがとう!本当に助かりました」と言った.オジサンは「この矢印がマークなんだ.気をつけていけよ」と言ってすぐに復帰して走っていったが,私はここまでで疲労してしまった.いや,疲労というより冷気にすっかり参ってしまったし,エネルギーが欲しかった. ここでも補給食を置いていってしまったのが効いている.しばらくじっとして,どうしようか迷っていたが,走りはじめるが,どうにもお腹がすいてしまい,本当に何も食べるものがないか川沿いの街灯の下で調べてみることにする.するとキャメルバッグの底からドライフルーツが少々出てきた.マヤさん達と買い物に行った時に買ったものがまだ残っていたようだ.助かった,と思って道端で食べていると何人かが通りすぎ,「大丈夫か?」と聞いてくれる.3時半を過ぎていて少し人が動きはじめているようだ. 食べ終わったが寒さは増すばかりで,歯が合わなくなっている.これはどこかで避難しなくてはダメだ,と思いはじめてドライフルーツを食べたところから少し行くとコーヒーを出しているボランティアのような人達がいる.レギュレーションによれば第3者の助けなんだけど,もう構ってはいられない.このまま時間を待っても夜明けにならなければ明るくならないし,エネルギー補給はいつできるかわからない.体脂肪がもっとあれば良かったと思ったのはこの時ほど無い. よろよろと席に座りると,陽気なおじさん2人と一人どちらかの奥さんのようなおばさんがいる.おじさんの一人は少し英語が喋れるみたいで私に話しかけるが,砂糖入りのコーヒーを一杯貰って飲み干すまではうなずくことしかできなかった.少し喋れるようになってたので,好奇心旺盛なおじさんの,日本人参加者は何人くらいか,お前の前か後ろかなどの質問にボツボツと答えていった.やはり20人いるというのは驚いたようだ. おばさんがクレープに砂糖を載せたものや,あま─いお菓子のようなリゾット風の食べ物をくれてようやく少し落ち着く.お金を払おうとすると,いらないというそぶりを見せた.おじさんの一人が絵はがきを送ってくれ,と言って住所の印刷された紙をくれた.どうやらこの人達はそれをサービスの対価としているようだ.心の中で,それならまぁ第3者のサポートってわけでもないか,臨時の商売だろうと思いつつ出ようとすると,おじさんが「寒いのか?少し寝ていった方がいいぞ.」と言うのでお言葉に甘えてガレージのような少し温かいところで眠らせてもらった.時計は既に4時を回っている.FOUGERESについてから4時間以上たっているのに10kmも進んでいないように思われる.それほど眠いわけでもないが毛布の誘惑には勝てない.とりあえずここでもう一休みするしかない.そう思って横になると寝てしまう. 起きると6時15分くらいになっている.FOUGERESから6時間以上もかかってまだこんなところにいるとは,と思ったが,仕方ない.起き上がるとまだ寒いが,少し頭が回ってきているのだろう.レスキューシートを体に巻き付け,その上にウィンドブレーカを着てスタート.結構寒さを防げるようだ. やがて日が昇ってくるとまぶしい朝日に向かって進む.少しだけでもものを食べたおかげで少し元気になっている.何人かの集団に追いついて見ると皆高速に足を回している.寒いので回して走らないとダメだということだろう.一緒に走っていると今度は少し汗ばんでくる.途中で街があってそこで朝食をとっている人もいたが,私はそれまでに無駄にした時間を思って走り続ける.8時半を過ぎるともうレスキューシートが暑くて蒸れているのもわかる.この辺りの登りでは12,3km/hでしか走っていない.ここでは少し太った2人と3人のグループを作って走る. 既にこの区間の距離は全くわからなくなっているが,時間から考えるとコントロールはもうすぐだろう.9時ちょっと過ぎに一人に「コントロールまであとどれくらいだろう?」と聞くと15kmくらいじゃないかな,と言うのでここでいったんレスキューシートを脱いでアームウォーマ,レッグウォーマを取って涼しくなったところで,心の中で「変身!」と叫んでから登りも軽快に登りはじめる. 先行していた集団を抜いて速度を上げて走りはじめる.さっきまで死んだように走っていたのが嘘のようだったので二人組も驚いていたようだ.ここまで省エネで走っていたのだが,時間的にも距離的にも近くにあるのは間違いない.そんなにエネルギーをけちる必要はない.それまでのうっぷんを晴らすようにそのまま15kmほど走るとようやくコントロールの気配がみえ,苦しかったこの区間終りを迎えたのだ.既に10時くらいになっている. ここのコントロールではボランティアの人が「もう少しだぞ!」と言って出迎えてくれた.「そう,サイコロをあと一面塗り潰せばいいんだ!」そう思ってコントロールの中に入っていった. |